マイトレーヤとは誰か 世界教師出現の過程

出現の過程

世界の全ての大宗教は、未来の師より一層大きな啓示がもたらされるという考え方を示しています。キリスト教徒はキリストの再臨を、仏教徒は次の仏陀・マイトレーヤ仏(弥勒菩薩)の到来を、回教徒はイマム・マーディを、ヒンズー教徒はクリシュナの生まれ変わりを、ユダヤ教徒はメシアの到来を待ち望んでいます。しかし秘教徒は、これらすべての異なる名前は皆同一人物を指し、世界教師、即ちハイアラキーの覚者方の長である方だと理解しており、この時代、今にも戻られるものと待ち望んでいます。

1977年7月、突然、彼はヒマラヤの御自身のセンターを出られました。予告どおり「夜中の盗人のように」忍びやかにやって来られ、それ以後ロンドンに住んでおられます。彼は世界の問題――政治・経済・社会――に関心を持つ一人のスポークスマンとして知名度を高めてきておられます。彼は宗教界の指導者ではなく、広義の教育者――即ち、現代社会の危機を乗り越える道を教示される人――ということができる。密教の教えによれば、マイトレーヤは2000年前、彼の弟子であったイエス、現在のイエス覚者をオ−バーシャドウするという形でパレスチナにおいて顕現なされました。今度はマイトレ−ヤ御自身が来られたのです。

マイトレーヤの霊的教え

マイトレーヤは新しい宗教を創始するために来られたのではなく、また自分の周りに信奉者を集めるために来られたのでもありません。彼は人類に自己実現の術を教えるために来られました。その第一は「正直な心と誠実な生気と無執着」です。

マイトレーヤの社会的関心

マイトレーヤが示される優先事項に反映されています。正しい食べ物、万民の為の適切な住宅、普遍的権利としての健康管理と教育、の適切な供給です。彼の社会的メッセージはほんの数語に要約できます。「分かち合いを通して世界を救いなさい」 マイトレーヤは確信を持っておられます、私たちがこのメッセージを受け入れることを。そして私たちが平和と善意の大いなる時代の門口にいることを。

公の出現のための準備

マイトレーヤの公の出現のための準備は今や完了しました。マイトレーヤは、ケニアのナイロビにおける時のような一連の出現を計画しておられます。1988年6月11日そこの野外祈祷治療集会に彼は忽然と奇跡的に出現されました。その時聴衆に現地語で話をする彼の姿が写真撮影され、数千人の聴衆が彼を即座にキリストと認知しました。彼は今や他の国でも大群衆の前に再び出現することを計画しておられます。このようにして多くの人々が彼の存在の証拠を握り、メディアに反応を要求するようになるでしょう。このことが大宣言の日へとつながることをマイトレ−ヤは期待されています。この時、彼は御自身が世界教師であることを、疑いの余地なく示されるでしょう。マイトレ−ヤは全人類を一斉にメンタル的にオーバーシャドウされるでしょう。私たち一人ひとりは内的にテレパシー通信により自国語で彼の言葉を聞きます。そして全人類は世界教師が私たちの中におられることを知るでしょう。

歴史的経過

1982年5月14日:
クレームはロサンゼルスでの記者会見の席上、マイトレーヤはロンドンのアジア人地区に住んで居られると発表し、報道関係者がマイトレーヤの所在を探すよう促しました。残念ながら、メディアは反応しませんでした。
1985年7月31日:
東西のメディアを代表する22名の影響力あるジャーナリストが、マイトレーヤか、またはその代表に接触することを望んで、ロンドンのイースト・エンドに集まりました。このメディアのお陰で、その時点より、マイトレーヤは究極的に大宣言に到るのに必要な手段をとることが可能となったのです。
1987年8月:
ベンジャミン・クレームは、「3〜4ヶ月のうちに、世界情勢に重要な突破口を開くためにマイトレーヤは全力を尽くされる」と発表しました。それから1ヶ月も経たない9月に、その突破口は米ソ間の軍縮会談という形で実現し、誰も可能だと思わなかった 12月の協定へとつながりました。
1988年:
マイトレ−ヤは、直接又は夢の中で、世界中のいろいろな国の指導者や一般市民に姿を顕しておられます。世界の関係緩和とそれに付随して起こる緊張からの解放が、彼の臨在の徴の数々を一層明白にします。光の十字架の顕現が合衆国のメディアで報道されました。何千人もの人々がそれを見ました。
1982年5月14日:
クレームはロサンゼルスでの記者会見の席上、マイトレーヤはロンドンのアジア人地区に住んで居られると発表し、報道関係者がマイトレーヤの所在を探すよう促しました。残念ながら、メディアは反応しませんでした。
1989/2003年:
光の十字架がカナダ、そしてフィリピンからスロベニアでも見られ、日本ではテレビ放映されました。
1990年4月21・22日:
マイトレーヤは世界中から著名人を集めた大会議を開催されました。その中には、外交官、王室関係者、教会指導者、ジャーナリストが含まれます。マイトレーヤは数回にわたって忽然と現れ(そして消え)、御自身の使命、教え、計画について話されました。
1995年9月/10月:
世界中の人々が、ヒンドゥー教の神の像に差し出されたミルクが消える奇跡を目撃しました。マイトレーヤはこのような「奇跡」を通して、全人類の教師として出現できるような希望と期待の風潮を造り出そうとしています。
1991/2002年:
マイトレーヤは世界中の大勢のグループの前に奇跡的に姿を現しました。トラコテ(メキシコ)、ノルデナウ(ドイツ)、ナダーナ(インド)で、マイトレーヤによって活性化された治癒の泉を、ますます多くの人々が訪れています。これらの“奇跡” によりマイトレーヤは、ご自身が全人類のための偉大なる教師として出現できるように希望と期待の風潮をつくることを望んでおられます。

マイトレーヤの予報

1988年4月より、ロンドンのアジア人地区に住むマイトレーヤの側近の一人から「シェア・インターナショナル」は記事を与えられました。これらはマイトレーヤの教えの外郭を示し、また長期的又は短期的にこれから起こるとマイトレ−ヤが予測しておられる世界情勢の進展に焦点をおくものです。

実際に、マイトレ−ヤの洞察通りのことがすでに外的に起きています。早くも1988年に、マイトレーヤはネルソン・マンデラの釈放、世界の緊張緩和への過程、南アフリカでの和解などを予測されました。更に1988年に、サッチャー夫人が権力の頂点にある時に、マイトレーヤは、「運命の車輪は彼女に逆らって廻り始め、彼女は引退するだろう」と述べられました。また同じ年に、彼は世界中の政府は“国民の声”に耳を傾けなければならなくなるだろうと言われ、この発表は東欧でのめまぐるしい展開に最も印象的な証明を見ました。

さらに数週間も数ヶ月も前に、マイトレーヤは、イランとイラクの停戦、アンゴラからの外国兵力の撤退、世界中の政府とゲリラ勢力との間の歩み寄り、1988年のアルメニアの地震、1989年のカリフォルニアの地震や中国の地震、ソ連邦内の混乱や紛争、緊張緩和と軍縮へ向けての世界的な傾向、環境問題の影響の増大などを予測されました。

1988年に彼は約束されました。「多くの人が祈りの実践を通して、エイズを癒されるだろう」。オランダのテレビ局は1995年10月、ウガンダで400人以上の人が祈りによってエイズを癒されたと報道しました。

マイトレーヤはさらに、民主党からアメリカの大統領が選ばれることを、イスラエルとパレスチナの関係に肯定的変化がみられることを予測されています。(1988年に発表:「イスラエルの軍隊は、すべての期待に反し、西岸とガザ地区から引き上げるだろう。そして故国に戻り、それを守る準備をするだろう。」)

今後の情勢の主要なもの:日本に端を発する世界的株式市場の崩壊を1989年に発表されています。

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